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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)523号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四二一万八五〇〇円及びこれに対する昭和六二年五月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、昭和一二年一月生れの、町工場(平野金属株式会社)の経営者である。

(二) 被告は、ゴム等の売買の媒介取次等を業とする株式会社である。

2  被告への金員の交付

原告は、昭和六二年一月二二日と同月二七日、被告に対し、それぞれ豊橋乾繭取引所における乾繭三〇枚、二五枚の買付を委託し、委託証拠金として同月二三日金一八〇万円、同月二八日金一五〇万円を預託した。その後、同年二月二五日に契約を解除し手仕舞して取引を終了させ、同月二六日金二六万八五〇〇円を清算金として支払った。

3  被告の不法行為

被告には以下の違法行為がある。

(一) 詐欺行為

被告松山支店営業部一課課長大津賀慶樹(以下「大津賀」という。)は、昭和六二年一月二二日午後一時ころ、原告方工場を訪問して原告に乾繭の商品先物取引を勧誘し、「今は一〇年来の安さであり、政府の(乾繭の)買上げ価格からいってもこれ以下には下がらない。」、「今始めれば絶対に儲かる。」などと乾繭の商品先物取引があたかも安全確実な利殖の手段であり、かつ、乾繭が必ず値上がりするかのような虚偽の事実を申し向けてその旨原告を誤信させて同月二三日乾繭の七月物三〇枚の買付の委託を受け、さらに同月二六日ころ、原告方に電話をかけ「一週間で絶対とれるからもう三〇枚やってほしい。」と申し向けたうえ翌二七日には原告方工場を訪問し、「絶対一週間でとれる。この新聞を見て下さい。」等と、あたかも確実に利益を上げられるかのような虚偽の事実を申し向け、その旨原告を誤信させて翌二八日、七月物の乾繭二五枚の買付の委託を受け、委託証拠金名下に前記金員を交付させたものである。

(二) 勧誘及び取引過程における違法性

商品先物取引はきわめて投機性の強い危険な取引であるから、これに参加する者は、まずもって取引の仕組みや危険性を理解し、当該商品に関する知識はもとより、政治、経済の動向など相場形式要因に関して的確な情報を得、それに従って判断する能力と機会を有し、かつ十分な余裕資金を有する者でなければならない。したがって、商品取引員としては顧客を勧誘するに際し、その経歴や能力資産を十分見極め商品先物取引の仕組み、証拠金などの取引に関する基本的事項及び危険性など十分理解させ、かりそめにも顧客が損失発生の危険の有無、程度についての判断を誤ることのないよう配慮すべき注意義務があり、勧誘及び委託後の取引の実行において取引員に右注意義務に反する行為があるときは、勧誘及び一連の取引の全体が違法性を帯び不法行為を構成するというべきである。本件の場合、原告は金属スクラップの切断加工等を業とする工場主で、商品先物取引についての経験知識がなく、情報を得る手段もそれを判断する能力もなかったのにもかかわらず、被告会社の担当者は前記の義務を尽さず、勧誘及び取引の過程において次に述べるような違法、不当な行為を行って原告を取引に引き込み、後記の損害を被らせたものであり、これらの被告の行為は全体として不法行為を構成する。

(1) 無差別電話勧誘

社団法人全国商品取引所連合会が行政当局の要請で作成した「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「指示事項」という。)は、商品先物取引が危険な投機行為であることにかんがみ新規開拓を目的として、面識のない不特定多数者に対して無差別に電話により勧誘することを禁止している。

ところが、被告担当者は被告会社営業所内に備え付けてあった「会社年鑑」により原告に電話をかけて勧誘を行ったものであり、この行為は前記の指示事項に反するものである。

(2) 断定的判断の提供

被告の担当者大津賀は、昭和六二年一月二二日、原告宅を訪れ、「今、乾繭をやると儲かりますが、どうですか。」「絶対儲かりますからやりましょう。」「一週間で絶対とれるから。」等の言辞を用いて勧誘したのであるが、このような勧誘は、商品取引所法九四条一号で禁止されている断定的判断の提供にあたり、違法なものである。

(3) 投機性の説明義務懈怠及び法定書面の説明義務違反

被告としては、原告に対して先物取引の仕組みや危険性について十全な理解をさせた上で取引を開始させなければならなかったのに、被告担当者はこれらの理解に必要不可欠なものとして用いられている基本的書類の説明等も殆ど行わず、先物取引の仕組みや危険性について原告に理解させないまま取引させた。

(4) 一任売買

商品取引所法九四条三号は、商品市場における取引について、取引員は、価格、数量等についての顧客の指示を受けないで委託を受けてはならない旨定めている。

ところが、原告は自ら積極的に売買の指示をしたことは一度もなく、常に被告担当者の主導により取引が行なわれた。すなわち、原告は当初「少し」から始めたいと言ったが、大津賀に「多い方がいいですよ。」といわれて三〇枚もの買付をすることにし、「絶対一週間でとれる。」と太鼓判を押されて二五枚もの追加買付をすることにしたものである。また両建を行ったのも、「こうしないと大損になる。」といわれて、同人に任せることになったものである。

右はいずれも、商品取引所法の禁止する一任売買にあたり、違法である。

(5) 両建

指示事項では、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせるような両建ては禁止されているところ、被告担当者は、原告に対してその理解を正しくさせないまま、一般の委託者には向かない極く特殊な取引方法である両建を行わせた。すなわち、大津賀は、「これ以上損をしないため。」とのみ説明して、両建についてほとんど理解していない原告に両建を行わせたのであるが、これは大津賀が、取引を始めて間もない原告が予期せぬ損勘定に狼狽し、正常な判断ができない状態になっているのにつけこんで、自己の利(手数料)を図ることのみを目的としてより多量の玉を建てさせたものである。

(6) 新規委託者の保護義務懈怠

全国の取引員の協定(受託業務適正化推進協定第一ないし三号)の趣旨に基づいて、各取引員は新規委託者保護管理規則という社内規則を設けて新規委託者の保護育成に努めなければならなくなったが、右協定の「受託業務指導基準の5」によると、新規の顧客に対しては、三か月間を保護育成期間とし、原則として建玉枚数が二〇枚を超えてはならない、二〇枚を超える建玉の要請があったときは、売買枚数の管理基準に従って適格について審査し、過大とならないよう適正な数量の取引を行わせることになっていて、新規委託者に知識、経験不足等による多大な損害が発生するのを未然に防止する配慮をしている。

しかるに被告は、右制限免除のための審査手続を行なわないまま、原告に対して、初めての取引から、右制限を五割も超える三〇枚の玉を建てさせ、さらに取引開始の五日後には合計五五枚の建玉を、一四日後には基準の四倍を超える八五枚もの建玉をさせた。

被告のこのような行為は原告に対する新規委託者保護義務を怠るもので、右協定及び指示事項にも違反するものである。

(7) 無敷

商品先物取引所法九七条は、取引員は先物取引の委託を受ける際には、委託者から委託証拠金を徴しなければならないと定めている。これは、委託者から証拠金の支払を受けられなくなる取引員のリスクを回避することを目的とするものであるが、同時に、委託者に、実際に金員を交付させることによって、取引の危険の現実性を認識させるという機能も併わせ持っている。

しかるに被告は、右規定に反し、本件三回の取引のすべてにおいて、原告から委託証拠金を徴収する前に建玉を行った。

(8) 向い玉

被告は、自己玉制限を潜脱し、被告と人的・資本的に極めて密接な関係にあるエース交易とユニオン通商をダミーとして使用して反対玉を建て、被告の取引が全て「売り」「買い」全く同数になるように取引きし、顧客の損を被告の利益にしており被告が、客殺しの手段として恒常的に向い玉をしていた疑いがきわめて強い。

4  責任

本件は、被告会社がその組織と業務活動を通じて行ったいわば会社ぐるみの不法行為であるから、被告会社には民法七〇九条に基づく損害賠償責任又は従業員の不法行為による同法第七一五条に基づく責任がある。

5  損害

(一) 原告は、被告に対し前記のとおり合計金三五六万八五〇〇円を出捐し、同額の損害を被った。

(二) 原告が本件訴訟を遂行するには弁護士に委任せざるを得ないから、右損害金の一割相当の金三五万円の弁護士費用は本件不法行為と相当因果関係にある損害である。

(三) 慰謝料

原告は町工場を経営し、商品相場などとは全く無縁の世界で平穏に暮していたところ、被告の詐欺的行為によって先物取引に引き込まれたもので、この間の不安、焦燥、心労や仕事への影響は、まことに多大なものがあった。また取引終了後も裁判の遂行のために物心両面にわたる負担、苦痛を強いられている。このような事情を考慮すると、慰謝料の額は、金三〇万円を下らない。

6  よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき金四二一万八五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年五月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2項の事実は認める。

2  同3項について

(一) 同項(一)のうち、大津賀が「一〇年来の安さである」旨告げて乾繭の買付を勧めたことは認めるが、その余の勧誘についての事実は否認し、勧誘が詐欺行為である旨の主張は争う。当時、豊橋乾繭は過去一〇年の中で最も安値の価格帯にきていた。そして、同人は、昭和五一年以来の乾繭の値動きを示す罫線や詳細な説明書である「商品取引委託のしおり」などの諸資料を示して商品取引所、先物取引のこと、単位、手数料等について、値が動いた場合の計算を例をあげて説明したが、この中で、損勘定となった場合には追加委託証拠金が必要になることや、その場合の対処法である両建、ナンピン、損切りについても説明したのであり、決して「間違いなく儲かる」などとは云っていない。

また原告は、長年事業を経営し、物の値段は変動があり確実に予測することが困難であることを知っており、先物取引の不確実性や危険性について十分知ったうえで自らの意思により本件取引を行ったものである。

(二) 同項(二)について

被告の行為が違法である旨の原告の主張は争う。

(1) (1)について

被告の勧誘行為が無差別電話勧誘である旨の主張は争う。被告担当者は、愛媛県経済レポートの会社年鑑により原告に電話をかけた後、面談して勧誘をした。

(2) (2)について

否認する。

(3) (3)について

否認する。前記のように「商品取引のしおり」「委託契約準則」を示して取引の仕組みや危険性などについて詳しく説明した。

(4) (4)について

否認する。大津賀は制限内の二〇枚位からでどうかと言ったのに対し、原告は三〇枚の委託証拠金の用意ができるので三〇枚から始めたいと言って買付を委託したもので、三〇枚はあくまで原告が選んだ数量である。

(5) (5)について

否認する。被告社員は両建について原告に助言をしたにすぎず、原告はその意味を理解したうえで自ら注文したものである。

(6) (6)について

争う。

(7) (7)について

原告との三回の取引において、原告から委託証拠金を徴収する前に建玉を行っていることは認めるが、それが違法である旨の原告の主張は争う。

(8) 同(8)項について

否認する。

エース交易は昭和六二年二月二〇日豊橋乾繭取引所の取引員の資格を取得するまでは会員にすぎなかったので、自らの取引をするためには、同取引所に赴いて売買するか、又は「場立」を置いて売買を行うしかなく、一方会員が他の取引員に売買を委託する場合は証拠金は通常の五〇パーセントでよいことになっていたことから、被告に売買を委託したものであり、ユニオン通商は通常の委託者の一人である。

また、右両社の委託玉は、原告の委託玉と関連なく行なわれており、相対するものではない。しかもこれらの中には仕切玉も含まれているが、仕切りによって損益は確定するので、その後の相場の動向による新規玉の損益とは関係がない。

3  同4、5項は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、〈証拠〉を併わせると次の事実が認められ、原告本人尋問の結果中この認定に反する部分は右証拠に照らして措信しない。

1  原告は昭和一二年一月生れの男子で、法政大学経済学部を一年で中途退学して同四一年ころ父が経営していた鉄屑処理業を引き継ぎ、同四九年に平野金属株式会社を設立してその代表者となり現在に至っている。

なお、昭和六〇年当時右平野金属株式会社は従業員一〇名、年商約七億円で、愛媛県下ではこの業界のトップクラスにある。原告の長男は同六二年一月当時、先物商品取引業の大手である豊商事株式会社に勤務していたが、原告はそれまで商品先物取引の経験は全くなかった。

2  被告松山支店営業一課員飯間陽一は、同支店に備えつけられていた愛媛県経済レポートが発行した会社年鑑により平野金属株式会社の代表者である原告に商品先物取引を勧誘すべく、昭和六二年一月の初めころ電話をかけたが、この時は原告が取り合わなかったため勧誘するまでには至らなかった。その後同月一三日ころ再び電話をかけ豊橋乾繭についての説明などをしたが、その際原告は、息子が大手商品取引員である豊商事株式会社に勤務している旨告げた。さらに飯間は同月二一日三度電話をかけ、商品先物取引についておおよその説明をし、豊橋乾繭が一〇年来の安値になっており、例年、端境期である五月ころに値上がりする傾向があるなどと告げてその買付を勧め、なお、原告方を訪問して面談したい旨を申入れをしたところ、原告はこれを了承し、その日時を翌二二日の正后ころと指定した。しかし、この日時には、飯間は他に予定していた所用があったため上司である営業一課長の大津賀が代って訪問することになり、その旨電話で原告に伝えた。

3  翌二二日正后ころ大津賀は原告方を訪れ、原告に対し、乾繭の過去一〇年の値動きを記録したグラフ(罫線)を示して、豊橋乾繭が一〇年来の安値になっていて、端境期の五月ころにかけて値上がりが予想され、当日も前日より値上がりしてストップ高になっていることなどを告げて取引を勧めた。また、先物取引の仕組みや委託の手順、委託証拠金、決済方法、取引にかかる禁止事項などについて記載されている「商品取引のしおり」「委託契約準則」を示してこれらについて乾繭二〇枚を買った場合を例示して説明したが、その中で、値下がりする場合もあること、その際は追証拠金が必要になること、その対処法として両建、ナンピン、損切りの方策があることなどを説明した。これに対し原告は、かねて、小豆の取引で損をして家を失った人もいるという話を聞いて商品先物取引は危険なものであると考えていたので、当初は大津賀の勧めに応じなかったが、結局、乾繭を買うこととし、大津賀から前記の「商品取引のしおり」「委託契約準則」の交付を受け、先物取引の危険性を了知したうえで取引を行うことを承諾する旨が記載されている「承諾書」、受託契約準則、パック取引実施要領及び危険開示告知書の交付を受けその内容の説明を受けた旨記載されている「受領書」、商品取引のしおりの交付を受け、かつその内容の説明を受けた旨記載されている「商品取引のしおりの受領について」と題する書面、商品取引では元本は保証されていません、商品売買はあなたの意思で注文して下さいなどと記載されている「お取引について」と題する書面にそれぞれ署名押印してこれを大津賀に交付し、豊橋乾繭三〇枚の買付を委託した。そこで被告は同日の後場二節で買建をし、その旨原告に伝え、翌二三日原告から委託証拠金一八〇万円を預った。

4  同月二七日、豊橋乾繭が値上がりし、この傾向は一週間位は続くと予想した大津賀は、電話で原告に買増しを勧めたところ、原告は資金がないとして応じなかった。しかし同日午後、原告から電話で、資金の都合がついたとして二五枚の買付を委託してきたので、被告は午後の第一節で買建をし、翌二八日原告から委託証拠金一五〇万円を預った。

5  その後大きな値動きがないまま経過したが、同年二月五日、生糸の終わり値が下がったことから、大津賀は、生糸と関連の深い乾繭も値が下がるものと予想し、翌六日午前中原告を訪問して三〇枚の売りを建てて両建てをしてみてはどうかと勧めたところ、原告は資金の都合がつかないとして難色を示したので、そのまま帰社した。ところが同日午後、予想したとおり乾繭が急落したので大津賀は原告に電話をかけ、再度両建てを勧めたところ、原告は証拠金の手当てができないまま三〇枚の売りを建てることを委託し、同日被告は三〇枚の売建てをした。

この結果、原告の持玉は買いが五五枚、売りが三〇枚となったが、原告は、なお値下がりして右の売りと買いの差の二五枚について追加証拠金が必要になることを懸念し、同日夕方、買いと売りが同数になるよう、一月二七日に買増しした二五枚について決済するよう申出たので、被告は翌七日これを決済した。

6  ところがその後原告は、両建てした際の委託証拠金を支払わないばかりか、右決済した建玉の委託証拠金一五〇万円の返還を要求してきたので、被告は昭和六二年二月二五日原告の持玉全部を手仕舞いして取引を終了させた。

この結果、三五六万八五〇〇円の損勘定となったので、被告は原告から預かった委託証拠金をこれに充当し、不足分二六万八〇〇〇円を原告から支払を受けて清算した。

以上の事実が認められる。

原告は、大津賀らが勧誘に際し、絶対儲かる、損をさせない、などと告げた旨主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張に沿う供述があるが、右認定したように、大津賀らは値上がりすることを予測し、その旨告げて乾繭の買付を勧めたものであるが、同時に、損勘定になる場合のあることをも説明しているのであり、原告本人の右供述は採用しない。

三  原告は、大津賀らは、原告が商品先物取引についての知識、経験がないことを奇貨として、不当な利益を得る目的で、必ず利益が出る、損はさせない、などと虚言を用いて原告を欺罔し証拠金名下に金員を交付させて原告に損害を被らせた旨主張する。しかしながら、大津賀らが右の言辞を用いて勧誘したものでないことは前記のとおりであり、また前記認定したところによれば、大津賀らは、乾繭が値上がりが予測されるとして買付を勧めたり、あるいは値下がりが予測されるとして両建てを勧めたりして、売買の委託を受けたものであるが、右の予測は当時の市況からみてそれなりの根拠があるものであって、大津賀らはこれに基づく自己の判断を参考に供して取引の勧誘をしたものであるから、このような勧誘は欺罔行為にはあたらない。

4 もっとも、商品先物取引は投機性が強く、委託者が不測の損害を被る危険があることにかんがみ、取引員(従業員)としては、この点についての委託者の知識、経験、判断能力等を考慮して、委託者が判断を誤って取引に加わることのないよう十分配慮して勧誘すべきであり、(商品取引所法、委託契約準則、協定中の委託者保護に関する定めや指示事項などはこの趣旨を明らかにしたものと考えられる。)この配慮を欠く仕方で勧誘したような場合には、行為が違法なものとなり、不法行為を構成するというべきである。

そこで、被告にこのような違法不当な行為がなかったかどうかについて、原告の主張に沿って順次考察する。

1  無差別電話勧誘について

商品先物取引のもつ前記の性格にかんがみると、面識のない不特定多数者に対して無差別に電話勧誘を行うことは、たとえそれが商工会年鑑によってなされたものであっても、このような商品先物取引の性格について十分な理解をしないまま相手が取引に引き込まれてしまう危険があり不適当である。しかし、原告に対しては、当初電話による勧誘がなされたものの、さらに被告の従業員が原告に面談し、取引の仕組みなどについて説明して勧誘しているのであるから、右電話による勧誘がされたことは問題はないというべきである。

2  断定的判断の提供について

前記のとおり、被告社員大津賀らが原告に断定的判断を提供したとは認められない。

仮に、これに近い判断の提供がなされたとしても原告は、鉄屑処理業として愛媛県下トップクラスの規模実績を持ち、年商約七億円の事業を営む平野金属株式会社の代表者であり、長年右事業を経営してきたことからすると、商品先物取引についての経験はないとはいえ、この取引の性格について相応の知識を有し、投機としての危険性についても十分理解していたものと考えられ、したがって、大津賀らの言辞(判断提供)の意味するところが所詮は予測以上のものでないことをわきまえ、自らの責任と判断において取引をするかどうかの意思決定をなしうる能力も十分有していたものといわざるを得ないから、このような言辞による勧誘が詐欺行為とならないのはもとより、原告の判断を誤らせるものとして違法であるともいえない。

3  投機性の説明義務懈怠及び法定書面の説明義務違反について

前認定のとおり、大津賀は「商品取引のしおり」「委託契約準則」を示して商品先物取引の仕組みや危険性について原告に説明した。もっとも、それまでに電話でも一応の説明がなされていたとはいえ、大津賀は面談したその日に三〇枚もの買付委託を受けており、果たして説明が十分であったかどうか、疑問を挟む余地がないではない。しかし、すでにみてきたように、原告は商品先物取引のもつ投機性や危険性について十分理解し、自己の責任と判断において取引をするかどうかの意思決定をする能力を十分に有していたものと認められるから、説明義務の履行に欠けるところがあったとはいえない。

4  一任売買について

原告本人尋問の結果中には、原告は被告社員大津賀にいわれるままに取引の注文をした旨の供述があるが、前認定のように大津賀は、勧誘にあたって二〇枚の売買を例に挙げて取引について説明していることに加え、原告のような経済人が、しかも、少なくない証拠金が必要である取引を大津賀のいうがままに行ったとは考えにくいことなどに照らすと、原告の右供述はそのまま信用できない。

5  両建について

前認定のように、被告従業員は、最初の取引の際に、損勘定が生じた場合の対処法として両建や損切りについて説明をしている。もっとも、この説明で原告が両建について十分理解しえたか疑問なしとしない。しかし、原告の前記のような商品先物取引に関する知識と理解及び能力からすると、原告は、右の方策についての一応の理解があれば自らの責任と判断で、両建と損切りのいずれを選択するかを決し得たものというべく、両建を勧めた(あるいは助言した)被告従業員の行為が違法であるとはいえない。

6  新規委託者保護義務懈怠について

〈証拠〉によれば、社内規則を設けて新規委託者の保護育成に努めることを各取引員に義務づけている全国取引員の協定では、新規委託者に対しては三か月内は取引枚数を二〇枚以内とし、これを超える取引の要請があったときには、売買枚数の管理基準に従って委託者の適格について社内審査することになっているところ、被告は前認定のように、最初の取引において右制限を超える三〇枚の買付委託を受けたのを初め、その後の三か月以内に合計八五枚の売買の委託を受けている。しかし、〈証拠〉によれば、被告会社では、最初の取引における右制限を超える買付の要請(それを被告が左右したものでないことは前記のとおり、)について所定の社内審査が行なわれ、原告の資産、職業等に照らして適格であると判断していることが認められるから、右制限を超えて取引の委託を受けたことは、被告の新規委託者に対する保護義務の懈怠とはならない。

7  無敷について

委託契約準則七条によれば、委託証拠金の徴収は、原則として委託を受けたときにするものとし、例外として継続的な取引関係にある場合で取引員が必要と認めたときは売買取引が成立した日の翌営業日の正午までとされているところ、被告が、原告から委託証拠金を徴収する前に建玉を行っていることは前記のとおりである。このうち、翌日に証拠金が徴収されたものが右準則に違反するかはとも角として、両建ての際の取引については、その証拠金は徴収されなかったのであるから、少なくともこの分については右準則に明らかに違反している。しかし、これは、原告自らの義務の不履行でもあるから、これをもって原告に対する違法行為にあたるとはいえない。

8  向い玉について

〈証拠〉によれば、原告が取引を行った日における被告の取引はいずれも売りと買いが同数となっていること、この取引にはエース交易株式会社及びユニオン通商株式会社の委託によるものが多数含まれていることが認められる。また、〈証拠〉によれば被告の株主で非常勤取締役である榊原秀雄は右両社の取締役でもあることが認められる。しかし、これらのことから、直ちに原告が主張するように、被告が右両者をダミーとして顧客に向い玉を建てたと認めることはできず、ほかにこの主張を認めうる十分な証拠はない。

仮に、右両社名による取引が被告自らの取引と同視しうるものであるとしても、被告に対する違法行為とはならない。すなわち、向い玉は相対する取引と損益が相反する関係に立つものであるが、商品先物取引における損益はあくまでも相場の動向によって決せられるものであるところ、相場形成の要因についての情報の収集と分析力が委託者に比べて格段に優れている取引員にとっても、相場の動向を確実に予測し常に利益を確保することが困難であることに変わりはなく、予測が外れ結果として損を生じることも十分あり得ることであるから、向い玉自体は必ずしも委託者に損失をもたらすものではなく、その利益に反するものとはいえない。

以上のとおり、勧誘及び取引の過程において、被告に原告に対する不法行為を構成するような違法な行為があったとは認められない。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野村利夫 裁判官 猪俣和代 裁判長裁判官 中川敏男は、転補のため署名押印することができない。裁判官 野村利夫)

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